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 ■太子の偉業と人徳たどる

 ■ゆかりの寺院に等身像、沿道には藤ノ木古墳も

 奈良県立図書情報館長の千田稔氏から、「聖徳太子の歴史を読む」(文英堂)という本をいただいたことがコース選びのきっかけとなった。「和」の心を今に伝える聖徳太子が住んでいた斑鳩の里と、都があった飛鳥との往来に使ったであろう筋違(すじかい)道を歩いてみようというわけである。

 午後から雨との予報に、早朝のJR法隆寺駅に降り立った。県道を北上して法隆寺とともに日本で最初の世界文化遺産に登録された法起寺をめざす。国道25号を渡ると両側にのどかな田園風景が広がり、法隆寺の五重塔も遠望できた。

 県道の道なりに進むと法起寺の三重塔が見えてきた。聖徳太子が住んだ岡本宮を遺命を受けた長子の山背大兄(やましろのおおえの)王が寺院に改めたと伝わっている。

国宝の三重塔は706年建立と推定される現存最古の三重塔として知られる。

 進路を西にとり、少し歩くと法輪寺についた。山背大兄王らが父の病気平癒を願って622
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 世界最古の木造建築物群で知られる法隆寺の山内に入り、まずは東院伽藍に向かった。門をくぐると教科書に載っていた八角円堂の夢殿が神秘的な雰囲気を漂わせて目に飛び込んできた。堂内をのぞくと、暗闇の中に特別開扉中だった本尊の救世(くせ)観音像がたたずんでいた。太子の等身像といわれる仏さんであり、静かに手を合わせた。伽藍を出て北に回ると太子が母のために建立したとされる尼寺の中宮寺がある。

 来た道を戻り東大門をくぐると西院伽藍が堂々と迫ってくる...ニュースの続きを読む
(引用 yahooニュース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080606-00000139-san-soci)


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